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福岡高等裁判所 昭和58年(ラ)93号 決定

抗告人 三木仁美

相手方 三木章雄

主文

原審判を、次のとおり変更する。

相手方は、抗告人に対し、婚姻費用の分担として、昭和五七年九月一日以降相手方と抗告人が同居しまたは婚姻関係を解消するに至るまで、毎月末日限り金一二万円宛の金員を支払え。

理由

抗告人は「原審判を取消す。本件を福岡家庭裁判所に差戻す。」旨の裁判を求め、その理由として、別紙抗告の理由のとおり陳述した。

(当裁判所の判断)

一  当裁判所も、本件において、相手方に対し、婚姻費用の分担として、昭和五七年九月一日以降抗告人と相手方が同居し、または婚姻関係を解消するまで、毎月末日限り一二万円宛の金員を抗告人に支払うよう命ずるのが相当と判断する。

その理由は、原審判一枚目裏八行目から同五枚目裏四行目までに説示されているところと同一であるから(但し、原審判二枚目表二行目の「現住所の」とあるのを削除し、同三枚目裏三行目の「を得たが、」から同六行目の末尾までを「を得た。」と改める。)、当該部分をここに引用する。

二  保全処分と本案審判との調整に関して、原審は、二重執行を受ける危険を相手方に負わせることを避けるため、本案審判前の仮処分によつて抗告人が満足を得た額は、本案の審判で給付を命ずべき金額から控除すべきとする見解のもとに、抗告人が前記仮処分の執行によつて昭和五七年一一月から翌五八年七月までの九ヵ月分合計一〇八万円の支払いを受けた事実を認定して、給付を命ずる金額からこれを控除した。その結果、原審は、昭和五七年九月一日から翌五八年八月末日までの婚姻費用分担額一二ヵ月分合計一四四万円のうち、右一〇八万円を控除した残額三六万円と同年九月一日以降月額一二万円の割合による金員の支払いを相手方に命じたところ、抗告人はこれに一部不服を申立て、仮処分の執行によつて満足を得たのは、八ヵ月分合計九六万円にすぎず、控除は、その限度でなされるべきである旨主張している(別紙抗告の理由参照)。

三  しかし、本案審判前の仮処分の執行による抗告人の満足は、仮定的、暫定的なものにすぎず、本案の審判においては、これを斟酌することなく、申立についての当否の判断をなすべきものであつて、仮処分によつて満足を受けた金額と本案の審判によつて支払いを命じられた金額との重複は、本案審判の執行の段階で調整せらるべきものである。そうして、本件記録中昭和五八年四月五日付弁護士○○○○作成の報告書、昭和五八年九月一三日付福岡家庭裁判所書記官○○○作成の電話聴取書によれば、抗告人は、前記仮処分によつて、昭和五七年一一月から昭和五八年八月までの間に月額一二万円の割合で合計八ヵ月分(昭和五七年一二月と昭和五八年一月は合計して一二万円の支払いを受けただけである。)に相当する九六万円の支払いを受けたに止ることも認められる。

四  よつて、本件においては、相手方に対し、婚姻費用の分担として、昭和五七年九月一日以降相手方と抗告人とが同居しまたは婚姻関係を解消するに至るまで、毎月末日限り、金一二万円宛の金員を抗告人に支払うよう命ずるのが相当で、以上の趣旨で本件抗告は理由があるから一部これと異る原審判を変更することとし、家事審判規則第一九条二項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西岡徳壽 裁判官 岡野重信 松島茂敏)

抗告の理由

一 原審判は、抗告人が昭和五七年一一月ないし同五八年七月分婚姻費用分担金として仮処分によつて受領した金員を合計一〇八万円と計算しているが、これは誤りである。審判記録に明らかなように、抗告人は昭和五七年一二月分の一二万円を受領していない。すなわち、仮処分による受領額の合計は九六万円である。よつて、昭和五七年九月一日から同五八年八月末日までの分の合計一四四万円から上記の九六万円を控除すると四八万円となり、この四八万円が即時に支払われるべき金員である。

二 従つて、原審判の主文中に「三六万円」と記載されているのは、「四八万円」と訂正されるべきである。よつて抗告の趣旨のとおりの裁判を求める。

〔参照〕原審(福岡家昭五七(家)一〇一三号 昭五八・九・二二審判)

主文

相手方は申立人に対し、婚姻費用分担金として三六万円及び昭和五八年九月一日以降同居ないし婚姻解消に至るまで一か月一二万円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

理由

一 申立の趣旨

相手方は、申立人に対し、婚姻費用の分担として昭和五七年六月から婚姻解消に至るまで一か月一五万円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

二 本件記録、当庁昭和五七年(家イ)第四四三号事件及び同年(家ロ)第一〇〇二号事件の各記録並びに申立人審問の結果及び調査の結果を総合すると、次のような事実が認められる。

(一) 申立人と相手方とは昭和五一年一二月一五日婚姻し、同五二年一一月六日長女真佐子が出生した。

(二) 相手方は、婚姻前より○○○○○株式会社に勤務していたところ、道路工事現場の監督という立場上、転勤や工事現場詰め勤務が多かつたので、婚姻後しばらくは夫婦で工事現場先に居住する生活を続けていたが、前記長女出生後間もなく現住所の福岡市早良区○○×丁目××の×に建売住宅を購入し、同所で夫婦及び長女真佐子並びに申立人の母正子と一緒に生活するようになつた。

(三) しかし、相手方は、勤務の都合上相変らず工事現場等に寝泊りすることが多く、自宅に帰つて来るのは、日曜日に、月一、二回位であつた。そうした生活を続けているうち、相手方と申立人の母との折合いが悪くなつたことから、それが次第に申立人と相手方との間の夫婦関係にも影響し、同五五年頃から夫婦間の円満を欠くようになり、相手方は家に帰つて来ても申立人と別々の部屋で寝るようになつた。

(四) そこで、申立人は、同五七年三月頃、仲人等を介して相手方との間の現状打解を図ろうとしたが、かえつて感情的に対立するようになり、更にその頃、申立人が離婚に伴う財産分与、慰謝料保全を目的として前記住宅の仮差押えをしたため、夫婦間の亀裂がますます大きくなつていつた。

(五) そこで、申立人は、同五七年四月二七日、相手方を相手にして当裁判所に対し離婚の調停の申立(当庁昭和五七年(家イ)四四三号)をし、更に、同年五月二四日、相手方が生活費を全く渡さないとして、相手方に対し同年六月以降婚姻費用の分担金として毎月一五万円の支払いを求める旨の本件婚姻費用分担審判の申立をしたところ、同審判事件は同月二六日調停に付せられ当庁同年(家イ)第五五〇号調停事件として係属し、前記離婚調停事件と併行して審理されていたが、いずれも同年一〇月二八日不調となつた。

(六) 相手方は、従前申立人に対し婚姻中の必要生活費及びローンの弁済金として、毎月前記会社から受ける給料の中から一五万円を○○○相互銀行の預金口座に振込む方法によつて交付していたので、申立人はその中から前記建売住宅のローン三万六、五八四円を支払い、その残一一万三、四一六円を自己及び長女真佐子の生活費に当て、それをもつてその生活を維持してきていた。ところが、申立人が前記のように離婚調停の申立をしたことから、相手方において同五七年四月から一時同生活費の振込みをしなくなつていたが、申立人が前記のように本件婚姻費用分担審判の申立をしたので、相手方は再度振込みを始め、調停継続中の同五七年八月までは遅れながらも従前渡していた一五万円から住宅ローン分を除いた一一万五、〇〇〇円を生活費として申立人に支払うようになつたので、申立人はそれで従前どおり親子二人の生活を維持していた。

ところが、前記のように調停が不調になつたことから、同五七年九月分以降の生活費の支払を全くしなくなつた。

(七) その間、申立人は、当庁に対し婚姻費用分担金仮払いの審判前の保全処分の申立(当庁昭和五七年家ロ)第一〇〇二号)をし、昭和五七年一一月四日、「相手方は申立人に対し、昭和五七年一一月以降本案審判確定に至るまで毎月一二万円を毎月二五日限り仮に支払え。」との仮処分審判(同月二三日確定)を得たが、相手方においてこれを任意に支払わないため、同仮処分審判に基づき相手方の給料を差押え、それによつて同五七年一一月分から同五八年七月分までの分につきその支払(仮払)を受けている。

(八) なお、相手方は、同五八年八月八日○○から他に勤務地が変つたが、依然として申立人のもとに帰つて来ず、柳川市大字○××××の×の父三木六郎方を連絡場所にし、ローンで購入した前記住宅は手離す意思で同住宅ローンの支払を同五七年一二月から中止している実情にある。

三 以上認定の事実からすると、現在申立人と相手方の夫婦関係は相当激しい対立状態にあるけれども、その責任が申立人にのみあると認められない本件においては、未だその婚姻が解消されていない以上、相手方はその資力、収入に応じ婚姻費用の分担として、申立人及び長女真佐子の生活維持に必要な費用を負担すべきである。

四本件記録及び調査の結果によると、更に、次の事実が認められる。

(一) 申立人は、現在、現住所において幼稚園に入園した長女真佐子(五歳)及び申立人の母正子との三人暮らしであるが、元来身体が丈夫でなく、幼い子がいるため勤務できず、無職、無収入である。

(二) 相手方は、前記のように○○○○○会社に勤務し、昭和五七年一月から一二月までの一年間に給料として、所得税、住民税、各種社会保険料、生命保険料等を控除して四三三万〇、三四六円、一か月平均約三六万〇、八六二円収入を得ている。

五 そこで、相手方の前記収入を基にして、申立人側及び相手方側の生活費の配分額を、いわゆる労研方式によつて試算してみると、

(一) 配分の基礎額二三万三、四八七円

相手方は、住宅ローンの弁済として毎月三万六、五八四円、ボーナス時(年二回)計三八万九、〇三〇円(毎月に按分すると(389,030÷12 = 3万2,419円)を支払つているので、これを前記月収から控除すると、

360,862円-(36,584円+32,419円) = 291,859円

となるが、更に相手方の職業費として二割を控除すると

291,859円×(1-0.2) = 233,487円

となるので、これを配分の基礎額とする。

(二) 当事者の総合消費単位

申立人側 一二五

申立人 八〇 真佐子 四五

相手方側 一三五

相手方(中等作業)一〇五、独立世帯加算三○

(三) 生活費の配分額

233,487円×(125/125+135) = 112,253円……申立人側の生活費に当てられるべき額

233,487円×(135/125+135) = 121,234円……相手方の生活費に当てられるべき額

以上の申立人及び子真佐子の生活費に当てられるべき額の試算額一一万二、二五三円を参考にし、なお、従前相手方が任意に申立人に対し毎月一五万円を渡し、申立人においてその中から住宅ローン三万六、五八四円を支払いその残一一万三、四一六円で親子二人の生活をしていたこと、そして、また、本件婚姻費用分担の申立後も同五七年八月までは、相手方から申立人に対し生活費として毎月一一万五、〇〇〇円が支払われていて、それにより親子二人の生活が維持されていたこと、長女真佐子はその後幼稚園に入園して通園し、やがて小学校に入学すること、また、相手方は、住宅ローンで購入した住宅を手離す意思であつて、同五七年一二月以降の住宅ローンの支払をしていない実情にあること等の前記認定の諸事情、その他本件記録に顕われた一切の事情を斟酌すると、相手方が申立人に対し生活費の任意支払をしなくなつた同五七年九月一日以降につき、申立人及び真佐子の生活維持のための婚姻費用の分担として一か月一二万円を相手方に負担させるのを相当と認める。

ところで、本件において、申立人から審判前の保全処分として婚姻費用仮払の申立がなされ、当裁判所において、同五七年一一月四日、相手方に対し同五七年一一月以降本案審判確定に至るまで、婚姻費用分担金の仮払いとして一か月一二万円を、毎月二五日限り支払うべき旨命じた審判前の仮処分審判をした。しかし、相手方において任意にこれを履行しないため、申立人は相手方が勤務先から受ける給料の差押え等の強制執行をし、同五七年一一月から同五八年七月分まで毎月一二万円の仮払金の支払を受けていること前記のとおりであるところ、右は審判前の保全処分による仮払いであるけれども、実質的には本件婚姻費用分担金の一部支払と見られうるものであつて、申立人において二重執行はできない性質のものであるから、本案審判をなすに当つては、本件の最終事実調査日である同五八年九月一三日までに申立人が同仮処分によつて受領した金額はこれを調整、控除し、その残額についてのみ支払を命ずるのが相当と解する。

よつて、相手方に対し、本件婚姻費用の分担として、すでに経過した同五七年九月一日から同五八年八月末日までの分の一か月一二万円の割合による金員合計一四四万円のうちすでに仮処分によつて受領した同五七年一一月ないし同五八年七月分合計一〇八万円を控除した三六万円については即時に、また、同五八年九月一日以降申立人と相手方とが同居ないし婚姻解消に至るまで一か月一二万円の割合による金員を毎月末日限り支払うことを命ずるのを相当と認め、主文のとおり審判する。

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